福岡地方裁判所 昭和58年(ワ)320号 判決 1985年3月06日
原告(反訴被告)
有限会社板東商店
ほか一名
被告(反訴原告)
平田貴義
被告
磯邊信介
主文
一 本訴原告(反訴被告)らの本訴被告(反訴原告)平田貴義及び本訴被告磯邊信介に対する、昭和五八年二月五日午後四時三〇分ころ福岡市中央区渡辺通四丁目六―二〇先の道路上で発生した交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。
二 反訴原告(本訴被告)の請求をいずれも棄却する。
三 本訴訴訟費用は本訴被告(反訴原告)平田貴義及び本訴被告磯邊信介の、反訴訴訟費用は反訴原告(本訴被告)の各負担とする。
事実
(事実の摘示及び理由の説示中の当事者の呼称については、以下のとおりとする。
本訴原告(反訴被告)板東照久を「原告板東」
本訴原告(反訴被告)有限会社板東商店を「原告会社」
右両名 を「原告ら」
本訴被告(反訴原告)平田貴義を「被告平田」
本訴被告磯邊信介 を「被告磯邊」
右両名 を「被告ら」)
第一当事者の求めた裁判
本訴
一 請求の趣旨
主文第一、三項と同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
反訴
一 請求の趣旨
1 原告らは被告平田に対し各自金二三三万七、四四五円及びこれに対する昭和五九年三月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文第二、三項と同旨。
第二当事者の主張
本訴
一 請求原因
1 昭和五八年二月五日午後四時三〇分ころ、福岡市中央区渡辺通四丁目六―二〇先道路上において、原告板東運転の乗用車(福岡五八に八三一七、原告会社保有)が前方交差点の赤信号に従つて訴外田中稔運転、被告ら乗車の前車(福岡五五う六四〇四、タクシー)に引き続いて停車しようとした際、停止直後の前車に追突した。
2 被告らは右交通事故により傷害を受けたと主張し、原告らに対し損害賠償名下の金員の支払を強く要求している。よつて、原告らは、被告らに対する右交通事故による損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。
二 請求原因に対する認否(被告ら)
第1、2項の各事実はいずれも認める。
三 抗弁(被告平田)及び抗弁に対する認否(原告ら)
反訴請求原因及びこれに対する認否と同一であるので、これを引用する。
反訴
一 請求原因
1 被告平田は本件交通事故により頸部捻挫の傷害を受けた。
2 右傷害により被告平田がこうむつた損害は左記のとおりである。
(一) 医療費 四万四、七一一円
(二) 休業損害 一五二万二、七三四円
昭和五八年二月五日から同年七月三一日までの休業期間
(三) 後遺症に対する慰謝料 一〇六万円
(四) 交通費等 一四万円
原告板東が事故の現場検証があるので出頭してくれと被告平田をだまして二度にわたり福岡まで呼出し、これに応じて支出した費用を含む。
右合計金二七六万七、四四五円
3 原告板東は本件事故の加害車両の運転者として、原告会社は右車両の運行供用者として、被告平田の右損害を賠償すべき義務がある。
4 被告平田は加害車両の自賠責保険から四〇万円、原告板東から三万円の支払を受けた。
よつて、被告平田は原告らに対し損害賠償として各自金二三三万七、四四五円及びこれに対する弁済期後である昭和五九年三月一五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 第1項に否認する。原告板東の車に追突されたタクシーには後部バンパーにかすかな凹損を生じたのみであり、以後も何ら修理されることなく使用されており、運転手の田中稔も何らの傷害を受けておらず、タクシーの乗客である被告平田に頸椎捻挫の傷害を与えるような衝撃は生じていない。
2 第2項は否認する。被告平田の入院は本件交通事故とは因果関係はない。
3 第3項は争う。
4 第4項は認める。但し、自賠責保険の四〇万円は仮渡金である。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 本訴請求原因事実はいずれも当事者間に争いがない。
被告磯邊は本件交通事故によつて損害を受け、原告らに対して損害賠償請求権を取得したことを何ら主張しない。
よつて、原告らの被告磯邊に対する請求は理由があるものとして認容するほかない。
二 被告平田主張の本訴抗弁(反訴請求原因)について検討するに、成立に争いのない甲第一号証の一ないし六、同第二号証の一、二、同第三号証、同第五号証の一、二、乙第一ないし第三号証、同第七号証、証人江島輝彦、同田中稔の各証言、原告板東本人(兼原告会社代表者)尋問の結果、被告平田本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 原告板東の運転する車が訴外田中稔運転のタクシー後部に追突した際、右田中は運転席で下を向いて運転日報を書いていたが、「ゴツン」という音がして追突されたことが分つた程度で、身体への衝撃はなく、車体後部バンパーには明らかな損傷は見当らなかつた。
(2) 田中はその場で原告板東に対し、事故として扱わず、タクシー会社にも報告しない旨述べ(その後も原告らに対する請求は一切なされていない。)、いつたんタクシーを運転してその場を去りかけたが、後部座席に乗車していた被告らから「後で痛くなつたらいかんから、相手の名前を聞いておいてくれ。」と言われて、原告板東の車を呼び止めた。
(3) 被告らは、貴金属、宝石、毛皮の販売のため広島から福岡を訪れており、ちようど右タクシーで福岡市博多区千代五丁目の千鳥橋病院へ行くところであつたが、右病院に到着してから、二名とも、事故にあつて吐き気や頭痛がするなどと訴えて同病院の枝川医師の診察を受け、頸部の七方向からのレントゲン検査を受けた。
(4) 右枝川医師は外科医になつての経験の浅い医師であつたが、右検査による被告平田のレントゲンフィルムの一枚を見て頸椎歯状突起に骨折があるかも知れないと被告らに述べた。しかし再度レントゲンを撮影したところ何ら異常はないことが判明し、その旨被告らに告げた。
(5) 被告らは右病院から前記田中稔及び原告板東と連絡をとり、同病院に来た原告板東に「首の骨にひびが入つている旨申し向け、入院する意思であることを告げた。
(6) 被告らは右千鳥橋病院には入院せず、福岡市内の他の二、三の病院を回つたがベッドが空いていないなどの理由で入院することができず、同月一〇日再び千鳥橋病院に来診し、前記枝川医師から引き継いだ経験豊富な江島医師から検査を受けた。
右検査によれば、両被告の握力、頸部運動、腱反射、知覚とも正常であつたが、上下肢のしびれ、右頸肩の圧痛、吐気などの主訴があつた。右江島医師は、被告らの状態は特別悪いわけではなく、検査結果も正常であつたうえ、被告らの主訴が非常に似通つていたため、そのまま治療を続けることに不安を感じ、被告らの入院の要求に対し、通院で十分であるがどうしても入院したいのであれば被告らの住居地であつた広島の方で入院するのが適当であろう旨答えた。しかし、診断書の要求に対しては拒否するわけには行かず、定型的な加療期間を記して発行した。
(7) 原告板東はそのころ被告らからの呼出を受け、福岡市内の喫茶店で被告らから広島まで帰る費用などとして三〇万円を要求されたが、これに応じず、結局六万円を被告らに交付した。
(8) 被告平田は同月一四日広島市内の吉崎医院を受診し、前同様の訴えを操り返し(レントゲン、頸椎運動、知覚、反射、握力等の検査結果はいずれも正常。)、翌日から同年三月三日までの一七日間同医院に入院し、点滴や牽引などの治療を受けたものの、しばしば外泊し、同年二月二四日には福岡市へ借金返済のため出かけた。
(9) 右病院を退院してから、被告平田は同年四月下旬までの間に数回通院し、翌昭和五九年三月、同年一一月にも同様の主訴により右吉崎医院を受診したが、いずれも検査結果には異常はなく、昭和五九年一一月には「頸肩脆痛」の診断があつたのみであつた。
三 右認定事実によれば、原告板東の車の追突によつてタクシーの車体に生じた衝撃は極めて小さく、経験則上、右タクシーの後部座席に乗車していた被告平田がそのときどのような姿勢であつたかを問わず、その頸部にいわゆる頸椎捻挫による傷害を与えるに足りる、通常の運動城を越える過剰な屈伸を強いたとはとうてい認めることはできず、その直後に被告平田が千鳥橋病院の医師に訴え、その後広島市内の吉崎医院でも操り返し、現在に至るまで悩まされている旨主張する各種の症状は、専ら主訴によるものであつて、客観的な検査結果により裏付けられたものではなく、右症状が存すること自体が極めて疑わしく、仮に存在するとしても本件交通事故によつて被告平田の身体に加えられた物理的損傷によるものではなく、他の何らかの要因に基づくものと認められるのが相当である。したがつて、本件交通事故により頸椎捻挫の傷害を受けたとする被告平田の主張は採用できない。
四 よつて、原告らの被告らに対する本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告平田の原告らに対する反訴請求はいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 池谷泉)